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コロナの後遺症で一番つらかったのは、体がつらくても、それを証明する「診断名」がないことで、支援につながりにくいことです。
検査をしても「異常なし」と言われる。
でも、以前できていた仕事や外出、家事ができなくなり、生活そのものが大きく変わってしまい、絶望の淵に立たされました。
国保だったので傷病手当に充分につながれず、また診断名がつかず障害年金にもつながれず、「どうやって生活していけばいいんだろう」と途方に暮れました。
体は以前のように働けず、外出や家事さえ難しくなるのに…。
働けない期間に、傷病手当金や障害年金などにつながれない人への経済的な支援があれば良いのに、と感じました。
「診断がつかない=支援できない」という仕組みでは、生活そのものが立ち行かなくなってしまいます。
療養して例え体調が少し良くなっても、いきなり以前と同じように働けるわけではありません。
病的な倦怠感で立っていられなくて、認知能力の低下があり、集中していられない、となれば一般就労で仕事はほぼなく、絶望しました。
障害手帳がなかったので、就労支援といった福祉のサポートに繋がれず、5年苦しみました。
障害手帳がなくても、短時間や週数日から、少しずつ社会に戻っていける場所や仕組みが地域によってはあると知ったのは5年後で、当時は情報に繋がれず、時間を無駄にしてしまいました。
障害手帳がなくても、就労支援に繋がれる仕組みが全国的にもっとあって、それが広く知られれば、絶望の縁に立っている患者さんがどれほど救われることでしょう。
社会復帰には、いきなりフルタイムで働くのではなく、週数日・短時間勤務から少しずつ始められる仕組みが必要だと思います。
ぶり返して悪化する事のある病態だからです。
就労支援も、住んでいる地域によって受けられる支援に大きな差が出ないようになれば、全国の多くの患者さんが希望の光を見つけ、前を向いて生きていけることでしょう。
また、自分が療養している間に家族の介護や生活の問題が重なると、自分の体力も気力も削られていきます。
療養中に家族の介護やケアまで重なると、本人も家族も心身ともに限界に追い込まれるのです。
病気の本人だけでなく、その人を支える家族も含めて支援する社会であってほしい。
誰もが「困ったときに支えてもらえる」と思える社会を願います。
そうなれば、病気になった人も、その家族も、もう少し安心して生きていけるのではないかと思います。
検査をしても「異常なし」と言われる。
でも、以前できていた仕事や外出、家事ができなくなり、生活そのものが大きく変わってしまい、絶望の淵に立たされました。
国保だったので傷病手当に充分につながれず、また診断名がつかず障害年金にもつながれず、「どうやって生活していけばいいんだろう」と途方に暮れました。
体は以前のように働けず、外出や家事さえ難しくなるのに…。
働けない期間に、傷病手当金や障害年金などにつながれない人への経済的な支援があれば良いのに、と感じました。
「診断がつかない=支援できない」という仕組みでは、生活そのものが立ち行かなくなってしまいます。
療養して例え体調が少し良くなっても、いきなり以前と同じように働けるわけではありません。
病的な倦怠感で立っていられなくて、認知能力の低下があり、集中していられない、となれば一般就労で仕事はほぼなく、絶望しました。
障害手帳がなかったので、就労支援といった福祉のサポートに繋がれず、5年苦しみました。
障害手帳がなくても、短時間や週数日から、少しずつ社会に戻っていける場所や仕組みが地域によってはあると知ったのは5年後で、当時は情報に繋がれず、時間を無駄にしてしまいました。
障害手帳がなくても、就労支援に繋がれる仕組みが全国的にもっとあって、それが広く知られれば、絶望の縁に立っている患者さんがどれほど救われることでしょう。
社会復帰には、いきなりフルタイムで働くのではなく、週数日・短時間勤務から少しずつ始められる仕組みが必要だと思います。
ぶり返して悪化する事のある病態だからです。
就労支援も、住んでいる地域によって受けられる支援に大きな差が出ないようになれば、全国の多くの患者さんが希望の光を見つけ、前を向いて生きていけることでしょう。
また、自分が療養している間に家族の介護や生活の問題が重なると、自分の体力も気力も削られていきます。
療養中に家族の介護やケアまで重なると、本人も家族も心身ともに限界に追い込まれるのです。
病気の本人だけでなく、その人を支える家族も含めて支援する社会であってほしい。
誰もが「困ったときに支えてもらえる」と思える社会を願います。
そうなれば、病気になった人も、その家族も、もう少し安心して生きていけるのではないかと思います。
2026/08/15(土)
16:00