検索フォーム

New contribution form

マナーを守ってご利用ください
1年前、初めてコロナに感染。それ自体はワクチン接種時の様な副作用で大したことがなかったのですが、その後が大変でした。
会社には「感染した人はいるけど、後遺症になった人はいない」と言われました。私自身、後遺症はレアケースで自分が発症する事は全く考えていなかった。だから、理解されないのも仕方ない。
ただ、3ヶ月後に病院に行くと医師に「まだ休んでいるの?」と傷病手当の申請書を面倒くさそうにイライラしながら作成された時はショックでした。
これでは、一般の人が理解するなんて到底無理だろうと。

退職しました。

数ヶ月後、無理してでも体を動かせば慣れていくと思い、短期間の仕事に就きましたが、仕事より通勤がしんどく、慣れるどころか悪化。契約を更新せず、静養させる選択をしました。

それから半年、正社員の仕事に応募し内定を頂けそうな状況。
日常生活にはほぼ問題ないが、軽い負荷だけで一気に脈が上がるのは変わらない。駅まで約1km歩くと、脈が160まで上がる。そして脈が下がりにくい。
しかし、問題なく仕事を続けられるか不安しかない。もし、これで仕事が続けられなければ人生が終わるかもしれないと感じ始めている。次コロナに感染したらリスク高いと感じているので、感染には今まで以上に気を付けている。

後遺症で苦しんでいる人は少なくないのに、医療機関でさえ理解してもらえない。
原因が解明され、薬などが開発される可能性はあるけど、いつになるかはわからない。
厚労省が動いてくれないかな。
2026/08/16(日) 20:48
一期一会

制度の狭間で

返信
コロナの後遺症で一番つらかったのは、体がつらくても、それを証明する「診断名」がないことで、支援につながりにくいことです。

検査をしても「異常なし」と言われる。
でも、以前できていた仕事や外出、家事ができなくなり、生活そのものが大きく変わってしまい、絶望の淵に立たされました。

国保だったので傷病手当に充分につながれず、また診断名がつかず障害年金にもつながれず、「どうやって生活していけばいいんだろう」と途方に暮れました。
体は以前のように働けず、外出や家事さえ難しくなるのに…。

働けない期間に、傷病手当金や障害年金などにつながれない人への経済的な支援があれば良いのに、と感じました。
「診断がつかない=支援できない」という仕組みでは、生活そのものが立ち行かなくなってしまいます。

療養して例え体調が少し良くなっても、いきなり以前と同じように働けるわけではありません。
病的な倦怠感で立っていられなくて、認知能力の低下があり、集中していられない、となれば一般就労で仕事はほぼなく、絶望しました。

障害手帳がなかったので、就労支援といった福祉のサポートに繋がれず、5年苦しみました。
障害手帳がなくても、短時間や週数日から、少しずつ社会に戻っていける場所や仕組みが地域によってはあると知ったのは5年後で、当時は情報に繋がれず、時間を無駄にしてしまいました。

障害手帳がなくても、就労支援に繋がれる仕組みが全国的にもっとあって、それが広く知られれば、絶望の縁に立っている患者さんがどれほど救われることでしょう。

社会復帰には、いきなりフルタイムで働くのではなく、週数日・短時間勤務から少しずつ始められる仕組みが必要だと思います。
ぶり返して悪化する事のある病態だからです。
就労支援も、住んでいる地域によって受けられる支援に大きな差が出ないようになれば、全国の多くの患者さんが希望の光を見つけ、前を向いて生きていけることでしょう。

また、自分が療養している間に家族の介護や生活の問題が重なると、自分の体力も気力も削られていきます。
療養中に家族の介護やケアまで重なると、本人も家族も心身ともに限界に追い込まれるのです。
病気の本人だけでなく、その人を支える家族も含めて支援する社会であってほしい。
誰もが「困ったときに支えてもらえる」と思える社会を願います。
そうなれば、病気になった人も、その家族も、もう少し安心して生きていけるのではないかと思います。






2026/08/15(土) 16:00

長く療養生活を続ける患者の一人として、また、重い病気を抱える家族を支える立場として、国にお願いしたいことがあります。

病気が長期化すると、医療だけではなく、生活、仕事、福祉、家族の介護や経済的な問題まで、すべてがつながってきます。

体調が悪い中で、病院を探し、制度を調べ、申請をし、何度も説明を繰り返すこと自体が大きな負担です。

特に、強い倦怠感や認知機能の低下など、外から見えにくい症状がある病気では、「動けない」「考えられない」「電話ができない」「書類を読むことができない」という状態そのものが、支援につながるための壁になっています。

そして家族に重い病気が重なると、自分自身も患者でありながら、家族の治療の調整や付き添い、今後の生活のことまで考えなければならないことがあります。

医療、障害福祉、年金、就労、介護、生活支援がそれぞれ別々の制度になっていて、患者や家族自身がその間をつながなければならない現状は、とても厳しいと感じています。

国には、治療法が十分に確立していない疾患について、研究を進めるだけでなく、治療につながるまでの時間を少しでも短くしてほしいです。

既存薬を新しい病気の治療に活用する研究や臨床試験、治験へのアクセス、ゲノム医療なども含め、「治療法がないから待つしかない」という患者を一人でも減らしていただきたいです。

また、病気によって生活機能が大きく低下した人が、診断名や年齢、地域によって支援からこぼれ落ちることのない制度にしてほしいです。

患者や家族は、特別扱いを求めているわけではありません。

病気になっても、必要な治療を受け、最低限の生活を守り、尊厳を持って生き続けられる仕組みを求めています。

声を上げることさえ難しい患者がたくさんいます。

国には、元気に窓口までたどり着ける人の声だけではなく、家から出ることも、文章を書くことも難しい人たちの存在を想像しながら、制度をつくっていただきたいと思います。
2026/08/14(金) 08:03
コロナ後遺症の実態を、どうか知ってほしいです。

コロナ後遺症になってから、私の人生は大きく変わりました。

以前は当たり前にできていたことができなくなり、現在は寝たきりに近い状態になることもあります。外出することも、働くことも難しく、普通の生活を送ることができません。

「いつになったら働けるのか」
「いつになったら普通の生活に戻れるのか」
「このまま一生この状態だったらどうしよう」
「安楽死できる国へ行くしかないか」
先が見えない毎日を過ごしています。

働けないということは、単に「仕事をしていない」ということではありません。

収入を得ることができず、物価が上がっていく中で、生活そのものへの不安があります。
親も年金生活です。
いつまでも親に頼り続けられるわけではありません。

病気にならなければ考えていたはずの、仕事、結婚、出産といった人生設計も大きく崩れました。

結婚や出産についても、年齢のことを考えると「いつか治れば」とただ待っていられるわけではありません。

健康だったらできたかもしれないこと。
普通に働いて、自分で生活して、好きな人と出会って、結婚して、子どもを持つ。

そういう当たり前だと思っていた人生の時間まで、病気によって失っていくように感じています。

そして、身体の症状だけが苦しいわけではありません。

私の話は、誰にも信じてもらえませんでした。

実際に、
「うそつき」
「働かなくていい理由探してる」
「赤ちゃん返り」
「わがまま」
「自我の塊」
「注目されたいだけの人」
「みんな我慢して働いてる、なんであんただけ我慢しないの」
「寝たきり?どうせ動画見まくってるんでしょ」
「非常識」
「親から家から出て行け」
「コロナで寝たきり?そんな人見たことない」
「いい加減にしろ」
「動かないからじゃない?」

このような言葉を言われました。

病気になったこと自体を責められ、症状について訴えても信じてもらえず、文句を言われ、粗探しや揚げ足取りをされる日々も4年目です。

家族からも理解されず、無視されたり、作り話を広められたり、家族からいじめを受けたり、周囲の人からは集団でいじめられたこともあります。

病気で身体がつらいだけでも死ぬことを考えるほど辛く苦しいのに、「本当に病気なのか」「怠けているだけではないか」と疑われ続けることにより、さらに追い詰められます。

寝たきりの状態を見てもらえなければ、「動かないからそうなった」と言われる。

動けないから動かないのに、「動かないから悪い」と責められる。

本人にとっては、それだけでも追い詰められます。

コロナ後遺症は、外見だけでは分からない症状があります。

そのため、元気そうに見える瞬間があるだけで、「本当は元気なのではないか」「働けるのではないか」と判断されてしまうことがあります。

でも、見た目だけでは分からないからこそ、患者本人にしか分からない苦しさがあります。

働きたくないわけではありません。
普通に働ける身体に戻れるなら、すぐ働きたいです。
外に出られるなら出たいです。

自分で生活できるなら、自分の力で生活したいです。

結婚や出産についても、諦めたくて諦めたわけではありません。

病気になり、身体が思うように動かなくなり、時間だけが過ぎていく中で、選択肢を失っていくことがつらいのです。

これは「本人の努力不足」だけで片付けられる問題ではないと思います。

一人の人間がコロナ後遺症になることで、
・働けなくなる
・収入を失う
・家族に経済的な負担をかける
・親の負担が増える
・結婚や出産などの人生設計ができなくなる
・社会とのつながりを失う
・周囲から理解されず、責められる、批判される
・将来が見えなくなる
というところまで影響が広がります。

これは、患者本人だけの問題ではなく、家族や社会全体にも関わる問題だと思います。

コロナ後遺症患者の中には、今も寝たきりに近い状態で生活している人、働きたくても働けない人、外出したくてもできない人、通院の外出もできない人、将来の見通しを持てず苦しんでいる人がいることを知ってください。

「そんな人は見たことがない」から存在しないのではありません。

「見た目は元気そう」だから、元気なのでもありません。
相手に心配かけるのが申し訳ないので、周囲に気を遣っています。

重症となると、ペットボトルも、箸も、持てなくなる病気です。
座位も保てません、声も出ません。
脳症状は、思考力言語力理解力注意力、ほとんどの機能低下。
自分で問い合わせの電話をかけるなどもできないのです。

そして、「みんな我慢して働いているのだから、あなたも働け」という言葉では解決できない患者が実際にいます。

病気になったことで人生そのものが大きく変わってしまった患者がいます。

どうか、患者の声を「怠け」「わがまま」「働きたくないだけ」と決めつけず、実際にどのような生活を送っているのかを見てほしいです。

治療法の研究、医療体制の充実、長期的な支援、就労支援、経済的支援、そして社会全体の理解が必要です。

私が望んでいるのは、特別扱いされることではありません。
病気になる前のように、普通に生活したいだけです。
働ける身体になりたい。
外に出られるようになりたい。
自分の生活を自分で支えたい。
結婚や出産についても、自分で選択できる人生に戻りたい。

その当たり前の願いすら難しくなっている患者がいることを、どうか知ってほしいです。
2026/08/13(木) 18:57
最初にコロナにかかったのが2022年の春頃。そのあと後遺症になり、気付けばもう6年目に突入していました。20代がコロナ後遺症でほとんど消え去りました。夢だった教員生活も、趣味の絵も今はできません。30代になり子どもが欲しかったのに、諦めざるを得ない状況です。

SNSでの発信や取材に応じるなど、自分なりにできることはしていても、未だに周囲には「気持ちの問題」と言われてしまうことがあります。救急で運ばれた時、しんどいのに、なにも処置して貰えたなかったこともあります。お医者様にさえ理解して貰えない辛さと、未来が見えない不安で希死念慮がかなり強いです。(この6年間に3回ほど行動化しています)安楽死のことについても調べてしまうほど、絶望しています。
奇跡的に私はひとりで住まないでなんとか生きていますが、ひとり暮らしだったら確実に自殺していたと思うし、実際自殺者数、自殺寸前の方が多いです。
どうか、お医者様の理解が進む取り組み、研究費、医療費の報酬改定、補助金、世間への周知のためのこと、なんでもいいので少しでも前に進んで、自殺する人が減ることを祈っています。
2026/08/13(木) 18:30
こちらの掲示板はオープンになっていますので、書きづらいということがありますか・・・?

厚生労働省の法整備担当者、薬価担当者、創薬イノベーション等担当者、がんや難病、高齢福祉の担当者、感染症対策部の担当者、大臣官房など見てくださっています。

ぜひ、お声を届けるために、この機会を逃さないようにと思っております。
🍉🎐🍨🏄️🚵暑い日が続きますが、みなさまにとって有意義に投稿してください💖
2026/08/12(水) 00:58